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高松高等裁判所 昭和33年(ネ)54号 判決

控訴人 河野富次

被控訴人 株式会社日本勧業銀行

右代表者 堀武芳

右代理人弁護士 成富信夫

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は、「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金三千円を支払え。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴銀行代表者及びその訴訟代理人はいずれも当審における最初の口頭弁論期日に出頭しなかつたので、陳述したものとみなした被控訴代理人提出に係る答弁書によれば、主文と同旨の判決を求める、というのである。

当事者双方の事実上の主張は、控訴人において、本訴は、本件債券(被控訴銀行が昭和九年十月発行したもの)の額面二十円の中元本に相当する金十円につき、昭和二十八年五月我が国の国際通貨基金加盟による貨幣価格の改訂に伴い、その改訂率に従つて金三千円の支払を求めるものである、と補陳した外、原判決事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する。

理由

控訴人が、被控訴銀行発行に係る割増金附割引勧業債券一枚(額面金二十円、第八回一組第五七八二番、以下本件債券と略称する)を所持していること、本件債券は、被控訴銀行が昭和九年十月売出価格金十円で発行したものであり、償還の際金二十円を支払うものであるところ、昭和三十二年四月一日より右債券の臨時繰上償還がなされることとなつたことは、当事者間に争がない。

控訴人は、本件債券が売り出された右昭和九年十月当時においては、純金〇・七五グラムが一円とされていたところ、昭和二十八年五月、我が国が国際通貨基金に加盟し、純金約〇・〇〇二四六八グラムが一円と、貨幣価格の改訂が行われたから、(貨幣価値が戦前の約三百分の一となつた)、それ以後に弁済期の到来した本件債券については、右貨幣価格の改訂に伴い、被控訴銀行は償還額金二十円の中元本に相当する金十円につき、その三百倍に相当する金三千円を支払うべき義務がある、と主張するにつき考察する。

本件債券が売出された、昭和九年十月当時、純金〇・七五グラム(純金二分)が一円とされていたことは、貨幣法第二条の定めるところであり、我が国が千九百五十二年(昭和二十七年)八月国際通貨基金(IMF)に加盟し、我が国貨幣の対外価値が純金約〇・〇〇二四六八グラム一円と定められたこと並に終戦後のいわゆるインフレーシヨンにより我が国の貨幣価値が相当下落したことは公知の事実であるが、凡そ債権の目的物が金銭である場合には、特種の通貨(例えば金貨)の給付を以て債権の目的とした場合を除き、債務者は弁済期において強制通用力を有する貨幣で契約に基く債務額を支払えば足るものであり(民法第四百二条参照)、契約時と弁済期との間において貨幣価値の変動があつたとしても、その変動に従つて法律上当然に金銭債権の額が修正変更されるものと解することはできず、現行法上かく解すべき根拠は全然ない(売買契約成立後貨幣価値が著しく変動しても、それだけで代金額が当然修正されるものと解すべきではない、とする最高裁判所昭和三一年四月六日第二小法廷判決参照)。尤も貨幣価値の変動が急激且つ甚大であつて、その貨幣殊に紙幣の表示する名目上の数額が社会の全商品の価値と均衡を失し、金銭債権の形式的数量を維持することが甚しく公平を失するに至つたような場合、いわゆる事情変更の原則を適用して契約上の債権額を修正することも考えられなくはないけれども、我が国の終戦後における貨幣価値の下落が相当甚しいとはいえ、我が国の場合右事情変更の原則を適用して戦前に成立した契約に基く金銭債権の額を貨幣価値の変動に応じて修正増額することが必ずしも相当であるとはいえない(我が国における戦後の一般取引界においてはむしろ、特別の合意のない限り、物価騰貴前に成立した金銭債務についても別段増額評価は行われて居らず、現在の円で決済されている実情にあることは、顕著である)。

これを要するに控訴人の本件請求は、経済的には一応首肯できる節もあるが、法律的にはこれを認容すべき理由がなく、失当であるといわねばならない。

然らば本訴請求をすべて排斥した原判決は結局相当であるから、民事訴訟法第三百八十四条により本件控訴はこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき同法第八十九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長判事 石丸友二郎 判事 浮田茂男 橘盛行)

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